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ノベツマクナシ

低所得者層にいます

日記99 同性愛者に育てられた子供について

アメリカ全州で同姓愛者同士の結婚が可能になった。

以前私は同性婚合法化について「可能になったら嬉しい」と書いたことがあるが、その時も「何もせず何も生み出すことなくマジョリティと同じ場所に立つのは無理」と書き加えている。その時は経済的、社会的に利益を産むことを想像しながら「何も生み出すこと無く」と書いたが、最近になって子を育てて行くということも十分その中に入るし、国を支えていくという点ではそっちのほうがよっぽど大事だと気づいた。

そして今、同性愛者はその子育てに加わっていいのだろうか?と思っている。

結婚制度における税の優遇措置、相続問題、医療機関での扱い云々よりも、論点になっている一般的に想像される「家庭の姿」に同性愛者が加わることに対する嫌悪感はそう簡単に消えないだろうし、子育て自体なんの保証も出来ないことは確かではあるけれど、それでも同性愛者に育てられた子供がどういう扱いを受けるのかに対してはある程度想像がつく。

私は自分の子供、もしくは子供として扱われる人が社会の中で何かしらの偏見の目で見られるのは耐えられないどころか、子供に対してフォローできる自信も無い。

親に育ててもらった時に1人感じていた「ゲイである=普通ではない」という思いを、同じように与えてしまうのではないか。「親が同性愛者である=普通ではない」なんて差別意識まるだしで偏見に満ちているけれど、そういった極端な偏見ほど簡単には拭えないのだ。つまり「子供は親を選べない」という言葉を理解して尚子供を欲しがるのはとてもエゴイスティックな行為なのではないか、そういう風に考えてしまう。

経済的に恵まれているならこんな悩みも全て杞憂になるんだろうか。