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ノベツマクナシ

低所得者層にいます

モーニング娘。'14 時空を超え 宇宙を超えにただよう異質さを探る

歌詞について考察するブログ記事を読み、自分も書きたくなったので前から気になっていた詞について書きます。モーニング娘。'14の時空を超え 宇宙を超えです。

つんく♂氏による解釈は本人のブログ記事、ライナーノーツとして上げられているのですが、私としてはどうもこうしっくりこない。この地球の平和を本気で願ってるんだよ!とか地球の怒りに逆らうな!とか、規模の大きな歌詞が散見されるつんく♂作品ですが、この歌詞だけは達観や悟りに近い宗教的な空気を感じ取ってしまいます。これが発表された頃にはつんく♂氏自身にガンが見つかったから、というのもある(むしろほとんどそのせい)んですが。

まずは出だし四行。

私はまだね未完成
遠い過去から君を待つ
この世で出会えると信じ
君を待つ

ここでは同じ表現が繰り返し使われています。

遠い過去から君を待つ
この世で出会えると信じ君を待つ

遠い過去と、果てのない先にある遠い未来を匂わせながら限定するこの世。そして君を待つという流れる時間が止まった表現。圧倒的な距離・空間・時間を感じさせる詩となっています。

そして注目すべきはこれ

恋に敗れて山河あり 早くここに来ればいい
逃げ出すなんてだれでもできる。

これです。今までつんく♂の世界では自分から一歩踏み出すことに最大のエールを、賛歌を書いてきました。そんなつんく♂が早く来てくれと願う。あのつんく♂がこんな逆説的な手法を取るだなんて思いもしなかった。

国破れて山河ありという杜甫の歌の引用、もじりですが
これを文字数が合うから採用しただけとは思えないというか、そもそも慣用句を使いたがるクセがあるにしろ、この引用に関しては図らずもつんく♂を取り巻く現状に対しても大きく歩み寄ってしまった感じがします。

都は何もかもめちゃくちゃになってしまったけれど、山や河には春が訪れ
自然はあるがままに存在し、今もなお生い茂っている。

歌詞に寄り添って解釈するとすれば、何もかもを捨てたとしても、生きているなら大丈夫だと、思い切って捨ててみろ、意外と大したこと無いのだと書いています。

ただ問題なのは何もかもを捨てて、私が待つトコロに来ればいいと語る
その場所です。並んでいる単語から連想する場所は、明らかに時間の流れが「この世」ではない。時空も宇宙も超えた場所です。

二番では急にモノゴトを限定する表現が飛び出してきます。
風の独り言 He loves you
夢のその続き He needs it

風は直接触れることが出来ないものです。物質にぶつかったら消えます。目に見えない動きとしての風を心の中の象徴として表現しています。独り言とされているのは、例え心の声が聞こえていても、それに反応しないかぎり、ただ声が聞こえる独り言として片付けることができるから。自分の中の別の視点が語りかけてくるのをただの風だとみなすのはクールです。

私の妄想の・思い描く夢のつづき=物語が進んだ先の終着点の姿こそ彼が求めているものなのだと知りつつも、それを独り言だといなしてしまう。つんく♂史上類を見ないアンハッピーエンドじゃないですか。ところで、アンハッピーエンドはバッドエンドじゃないとご存知でしたか?バッドエンドは出来の悪いオチ、アンハッピーエンドは不幸なおしまいをさす言葉です。私がこの曲を好きなのはそういうアンハッピーエンドな空気を読み取ることが出来るからなんでしょう。あーすっきりした~。