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ノベツマクナシ

低所得者層にいます

日記95 印象派の絵を観るに必要なもの

日記

久しぶりに美術館へ足を運んだ。何かひとつでも予定を作ると励みになるもので、行くと決めてからずっとワクワクし通しだったのだ。

チューリッヒ美術館展は印象派からシュールレアリスム・抽象派までを集めた展示会で、中でも目玉はモネの睡蓮の池。デカくて抽象的で何描いてるのかさっぱりな作品だが、モネの作品を見ていくうちに印象派の絵の見方がわかった。雑にも見える荒いタッチで細かく様々な色が混ざり合う絵は、メガネを外してみると色が混じりあい途端に現実的になる。私が普段見ている風景にグッと近くなる。その絵を描いていた当時は蛍光灯もコンタクトレンズもない時代だし、第一モネはめちゃくちゃおじいさんだったんだから視力という意味でも、モノなんて見えてないんじゃないか。そのモネが家から見える蓮池を絵に残したいと思い描いたのだから、見たままの風景を再現するように描いたんじゃないか。そう想像しながらメガネを外したのだ。視力が悪くて良かった。モネの視力の度合いはわからないけど、モネが描かれた風景見るように私もその絵を観ることができた。

国会議事堂が描かれた絵の夕焼けの生々しさ、湖畔に映り込む空と家や木の躍動感はとても素晴らしい。写真のように再現するのが絵画の目標だと思っていたが、印象派は流れる空気や光の移ろいさえも再現しようとしている。そのために絵は動かさなければならない。チラリと動き日の光を乱す葉や水、流れて交じり合う雲、常に動いている。観る人の視点でさえも自由に動く。圧倒的な技術のもと時間の流れを排除し写しとった写実主義とは違う、それこそ表現者としての持ち味が問われるのが印象派なのだと思う。

あれだけ絵を見た後に行く物販は、とにかく人で溢れていた。展示されている主要作品のポストカードや(ポストカードをはさみ入れ解説を書くことのできるスクラップブックまであった)ファイル・チケット用ファイル、図録、栞...なかでも展覧会仕様のカバーがついているクレヨンの物欲への刺激っぷりが凄い。どうせなら睡蓮の池をプリントしたストールがあればよかったのに。

スカートの新譜が出た来た聴いた。

ライブ盤であるThe First Waltz Awardが届いた。第一声からもうカッコイイ。たまらん。とにかく色っぽい。生き物のようにワンワンと歪むギター、隊列のように進行するドラム。全てが活き活きとしていて最高。