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ノベツマクナシ

低所得者層にいます

性的指向をカミングアウトする前に把握しておくべき6つの事柄

こんにちは
最近新しく人と出会う期会が増えたこともあり、カミングアウトについてまたもやモヤモヤ考えていて、そもそもカミングアウトって行き当たりばったりにも程があるだろ!と腹が立ってきたので腹立ちついでに以前読んで「これもっと早く知っとけばよかったな」と思った記事を翻訳しました。

まずはじめに私の場合についてほんの少し触れると、自ら進んでカミングアウトをしたことは一・二度しかなく、それ以外はにっちもさっちも行かなくなり泣きながら認めるという考えうる中でも最もカッコ悪い方法でしか他人に打ち明けたことがありません。私自身、翻訳した記事すべてを賞賛したいわけではなく、出来るもんならとっくにやっとるわい!いろいろあるんじゃ!!といささかジレンマに陥っています。

まずカミングアウトどうこうについてより、この記事に書かれている最も重要な事はたったひとつです。

「ゲイであることを公に認めた瞬間から、あなたは人との付き合い方をイチから学び直さねばならない」


私が知る同性愛者の中で、異性愛者のような恋愛を楽しんでいる人は一人も居ません。一人もです。(異性愛者なら恋愛を楽しめるとも思ってもいませんが、一応)誰もがアプリなどを通して安易に出会えることを受け入れ喜んではいるものの、そこから引き起こるであろう浮気の線引きや、肉体関係を持っても友達かどうかという点で必ず一度は悩み、時にはうんざりしています。同性愛者の場合、どちらかと言うと恋愛ではなくお見合いです。身長・体重・体型・髪型・趣味など非常に合理的な、そして外見に偏った安易な判断基準を通してお互いを認めあい、付き合う付き合わない、セックスするしないを決めます(全部がそうとは言いませんよ!)。ゲイである人生を謳歌することをセックスした数の多さと履き違えている人も少なくはありません。

もし私がかつての自分にアドバイスが出来るなら、真っ先に人付き合いに対する誠実さについて語るでしょう。自分と同じ仲間を見つけた喜びで正常な判断を下せなくなるのは年齢関係なく起こりうることですし、何より私が一番恐れているのは、次に新しくカミングアウトをして同性愛者のコミュニティに足を踏み入れてきた子供でさえも「誰かれ構わずセックスをし、パートナーの浮気を認め、自らもまた浮気をするような世界で、ゲイはこれが普通なんだ」と思わせる可能性が決して少なくないということです。そういった人付き合いの仕方は自分でコントロールすべきだし、私個人としてもそれが当たり前だなんて絶対に言いたくない。事実としてそういった事柄は存在はするけれど、当たり前にしているのは当の本人だけなのだ、と。

私自身、自分の性的指向について納得はしたものの。未だゲイとして世間一般を生きていく程の勇気は今のところ持ちあわせていません(翻訳した記事ではこういった行動を厳しく責めていましたが・・・)。それでもこの記事を読んで「本当にそうだよなぁ」と思うことはあったので、同じく自分の性的指向がフワフワしてる人や自分自身にうんざりしている人も同じように「そうだよなぁ」と思ってくれることを願います。

それでは記事は以下より始まります。

元記事はSix Things I Wish I Knew Before Coming Out witten by Adam Dachis
http://lifehacker.com/five-things-i-wish-i-knew-before-coming-out-1479386952/+adachis

 

カミングアウト_同性愛などの性的嗜好を他人に明かす行為_は受容から拒絶まで様々な反応を引き起こします。そしてカミングアウトするたびにあなたは事前に把握しておくべきことを学んでいくでしょう。そして私が犯してきた間違いから学び、生まれ得るトラブルから身を守りましょう。

私はまず、自分が信頼できるとふんだ幾人かの友達を手始めに、そして両親へ、最後に全校集会でカミングアウトをしました。性的嗜好を明かすたびに殆どの人がその勇敢さについて語りましたが、実際はただ面倒くさかっただけなのです。カミングアウトというのはするだけでヘトヘトになります。実際はする必要もないのかもしれません。

しかし他にどうやって語ることぬきに人々は私のことを知りうるのでしょうか?

私は家族・学校含む一人ひとりにカミングアウトをしていくより、それを一度にですませる方を選びました。私にとってバンドエイドを剥がすのは一度で十分だったのです。どんな決断を下す間でさえ、私はただ「面白い」と思い、この試練をより上手く対処できるよう学んでいったのです。そこで今回は私が学んだ6つの事柄について話そうと思います。

 

1・ゲイであることはあなたの数ある特性の一つにすぎない

最初にカミングアウトしたとき、カミングアウト自体が私を定義付けしたかのように感じました。それは主に恐怖心から、私がホモセクシャルであることは私にとって全てであると思い込み、それをこれ以上大事にしたくなかったのです。両親に打ち明けた時、父は同性愛者である叔父が語った「僕自身のセクシャリティは、君が知る幾つもの私の内の一つでしかなく、このセクシャリティ自体が私の全てではないよ」という言葉を私に教えてくれました。

そして私自身、次に打ち明ける人に対しその言葉を使うようになりました。
あなたが性的指向を他人に打ち明けた時、人々はあなたに対する見方を変えるでしょう。たぶんそれはあなたが同性愛者に見えないせいでもあるのですが、それでも人は、あなたの全てを「同性愛者」という新しいレンズを通して見るようになるでしょう。彼らはあなたの行動を分析し始め、長らく存在していた同性愛的兆候を求め、そしてあなたの性的指向を受け入れていようがいまいが、あなたに対する態度をほんの少し変化させることでしょう。

とくにカミングアウトされた両親はゲイの子供を育てることは多くの変化を生むと思いがちですが、実際にはそんなことはありません。むしろあなた自身の何かを他人と共有することで、そしてそれがあなたに対するイメージの平均値に加わることによって、カミングアウトしてもあなた自身の性格に変わりがないことを思い出させる助けになるでしょう。あなたはあなたという人間を構成するありとあらゆる要素があることを誰にも忘れさせないようにしましょう。


2・あなたはいかなる反応も予想しきれない

私が両親にカミングアウトしたとき、私は十五歳でした。そしてその時私は自分のことを(最低でも)周りが十分気づくに足るような、いかにもなゲイだと思っていました。しかしながら彼らは気づいてもいなかったし、打ち明けた時は等しくショックを受けていました。目玉が飛び出し床にこぼれんばかりだった母親も、一方私が三歳だったころからそうだとわかっていたと語った祖母も、あえて何も口にすることなかった友達のように、人々の反応は多岐にわたり、強いサポートから無関心、はたまた二度と口を効かなくなるなど様々です。そして大体において私の予想通りに行った試しはありませんでした。

どんなにあなたが自分自身についてわかっていても、あなたは打ち明ける人すべての反応を全て、いやほとんど予想することは出来ません。あなたの予想とは違ういかなる反応が返ってきても、彼らの判断を正そうとしてはいけません。むしろ代わりにそういった様々な反応にそなえることに努めましょう。無条件にあなたを嫌悪し、愛し、ただ気にも留めないような人に対し、何を語りかけるべきかを自分自身に問いかけましょう。特定の反応をしめした人そのものではなく、示された反応を考慮し、それに対処するために何ができるかを学びましょう。時には練りに練った対策も無に帰すこともあるかもしれません、それでもあなたは厳しい状況をくぐり抜け、それに対する戦略を得ることで、より大きな余裕を持ってカミングアウトできるようになるのです。


3・あなたはもう一度付き合うことについて学ばなければならない

大部分において、子供の同性愛者は性教育を受けていません。最近になるまで誰も同性愛者であるという可能性について話をしなかったように、教育課程においても、インターネット上でもめったに語られることなく、情報が共有されることはありませんでした。
そういったこともあり、結果的に同性愛者の人は異性愛者よりやや遅れて告白やデートを始めがちです。こういった「遅れ」は精神的な成熟を先送りにする原因となっています。あなたが自分自身の性的指向をオープンにした時から、あなたはデートの仕方、愛し方、関係の築き方、セックスと学び直さねばなりません。


周りの子供達がデートを始めるころにカミングアウトをした若い子供たちにとっては、たいしてこの問題が大きくなることはないでしょう、しかしながら問題になるのは歳を重ねた人たちです。青春期に立ち戻り、発達上適切な手段抜きに自身のセクシャリティを導いていく方法を学ばなければなりません。もしこの部類にいる場合、あなたは自分自身でこういったことを学習する以外に方法はありません。愛する人と巡りあうとき、あなたはほんの少しハンデがあることを忘れないようにしましょう。あるいはいくらかの失敗やヘマもあるでしょう。そして自分自身、幼稚で愚かで、しかもそれが自分が原因だと感じて嫌になることもあるかもしれませんがしかたありません。学ぶ時間と考え、少しでも周りに追いついたと思えるように励みましょう。


4・すぐには良くならない

カミングアウトをしたとしても、あなたの人生が劇的に良くはなることはないでしょう。ひょっとしたら結果的により悪い事態になるかもしれません。まだ見ぬ自由を求めてカミングアウトするも、実際にそれを手にするのには時間がかかるのです。
両親と住むティーンエージャーは恋人やセックスなど様々な規制に従うことになり、関係を持つ・持たないを問わず前もってあなたの周りを把握するためにコソコソ探りだすでしょう。成人の場合、自分の前に広がる膨大な可能性の数々を前に、何から始めればよいのか解らず打ちのめされる気分を味わうでしょう。いつカミングアウトをしたに関わらず、次に何をすべきかを知る必要はありません。大体においてものごとは問題や過ちへとつながり、最終的には人生経験になってゆくでしょう。

自分が想像する以上に時間を掛けましょう。
全てをさらけだし、新しく見つけた自由を満喫しようと急ぐあまり、より多くの問題を生みかねません。性急にことを運ぶことで傷つき、安易な性交渉による健康への影響も考えられます。あなたが人生において苦難から自分自身を守れない間は、ゲイの世界に飛び込むことに何の意味も作り出せないでしょう。性的指向を明らかにし、自分自身を心に隠すのを辞めた今、何がしたいのか時間を掛けて知り、そしてそれにむけた新しい挑戦を同じようにゆっくり始めましょう。忍耐抜きに物事が良くなることはありません。


5・カミングアウトは一度で終わらない

私が学校の演説台のスピーカーシステムを通してカミングアウトをした時、こんなこと二度とやりたくないと思いましたが、現実はそれを認めてくれませんでした。あなたの人生に現れるであろう人は常に代わる代わる現れ、あなたは彼らに自身のことを語らなくてはならないのです。意志の有無に関わらず、しなければなりません。たとえ人気ブログに記事を書くときでさえ、カミングアウトをする必要性があるように、カミングアウトという行為の必要性は尽きることないのです。

もしこういった行動を止めたら、あなたはまた秘密のクローゼットに自分自身を隠すことになります。もちろん幾らかの人は知っているでしょう、ですが引っ越すとき、仕事につくとき、新しい人と出会うとき、カミングアウトをしてその場で共有しないかぎり、あなたの性的指向はその輪から消え去ってしまいます。いとも簡単に以前と同じ状況にもどるのと同時に、それは今まで取り組んできた全ての試練も無に返し、またイチから始めなければならないことを意味します。

私がやったように、スピーカーで自分のセクシャリティを宣伝する必要はありませんが、自身の恋愛事情については世間において簡単に日常会話に現れます。恋人の話をしましょう。あなたが思う魅力的な人について何か言うようにしましょう。もし誰かに異性の恋人を持つことを尋ねられたら、なぜ持たないのかを伝えましょう。私がそうであるように、そういった会話に飽き飽きするか、もしくは伝える難しさに直面し続けるかもしれませんが、あなたは常に自身の一部を共有し続けないといけないのです。カミングアウトは受け入れることにつながります。ほんの少し変わっていると人々の目にさらしても、依然あなたは彼らの知る素晴らしい人間であることに変わりはありません。もし人々があなたとの違いを受け入れられるようになったら、同じようにして別の人との違いを受け入れることでしょう。そうしてすべての人にとって住み良い世界になるのです。

 

6・もう少し早い時期にすべきだったと気づく

テレビ番組を見ていると、かなりの人間がゲイをライフワークの一貫として、もしくはただの趣味として嫌っていることに気づくでしょう。どちらにしてもあなたはカミングアウトをする前にそういった外側からのメッセージを頭に入れないといけません。あなたが好いている人が、テレビで見たその人のように嫌悪を含む反応をしめす可能性を頭に入れておくべきなのです。それが実際にそうなろうと、ただ大げさに捉えていただけになろうとも。

そしてあなたの人生において大事な人を失ったとしても、誰もが一緒に居続けるわけではないという教訓をそういった経験を持って学ぶことでしょう。実際に実現する人もいるおかげで私達は大切な人と添い遂げることを美化しがちです。家族全員と何時でもうまくやっていけるわけではないように、ただの友人でさえも等しくつかの間のものなのです。どんなものも心の傷を伴う拒絶を埋め合わせることはできませんが、長い目で見れば大したことではなくなるのも事実です。
あなたを愛し、支えてくれる人はあなたが求めれば見つかります。人生を謳歌すればするほどより多くのそういった人たちと巡りあうでしょう。その時にこそあなたは自由と愛し、自分自身がいかなる人間かを学ぶ機会を持つことになるのです。そしてまさにその時、あなたは正直に生きることに対し、いかにムダな時間を過ごしてきたかをおかしく思うでしょう。カミングアウトをしない内はとても恐ろしいものに見えますが、最初の一歩を踏み出した瞬間、全てがゆっくりと良い方向へ流れていくでしょう。