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ノベツマクナシ

低所得者層にいます

日記75 人が機械に勝てる領域

絵画にスーパーリアリズムというジャンルがある。

写真のように精密な描写で作られた作品を指し、グラスや水など絵の具では表現できないと思われがちな透明度の高い表現や、産毛や刺繍糸などのひたすらに細かい表現などがよくモチーフに使われる。私はこういう絵があまり好きではなかった。技術だけを押し付けられているようで、絵としての面白さや価値が理解できなかったのだ。

母は以前見たドキュメンタリーで、ある家族が遺影にスーパーリアリズム作家の作品を頼んだという話をしてくれた。若くして亡くした我が子を作品に残してもらったそうだ。最初に仕上がった絵にはかつて生きていた娘の姿がそこにあり、画家が出来栄えを確認した時に依頼主である両親は否定的な態度をとったそうだ。あまりにも生々しく、失った事実だけが押し寄せてくる、と悲しんだ。そして画家は両親から娘の思い出話をより深く聴き、絵を修正した。再度確認をと両親が見た絵は、お気に入りだったという両親から贈られた高級時計を腕から外し、ふとこちらに気づき微笑みかけるその瞬間を描いたものになっていたという。

依頼主の望みに寄り添うよう修正した。ただそれだけの話なのに私はえらく感動してしまった。ただスーパーリアリズムの絵を見ても同じように感動は出来ないだろうけど、そういう技術を使って人を感動させる方法は出来上がった絵を見せることのみではないのだ。

それに自己表現以外のために芸術作品を残すというのは素晴らしいことだなと、それはものすごく贅沢で豊かなものだと思う。(最近では道重さゆみへ当てた大森靖子の曲がそんな感じだなぁ)

なにより、人を介さないとできない領域がまだあるんだなぁと改めて実感した。