ノベツマクナシ

低所得者層にいます

日記61 インターネットで二回死んだこと

インターネットでは自殺できるなー。と昨日の夜ふと思って以来その言葉が頭に残っている。

 

ツイッターでもmixiでも、自分のアカウントを消すことではじめからいなかったかのようにもう一度やり直せるのだ。mixiで私は二回アカウントを消した。どちらもそこに居続けるのが面倒くさくなったからだ。実を言えば上手くいかない学校生活や私生活とそのアカウントが密接に繋がっていて逃げたかったのだ。またその時、アカウントを消すことによって自分が主導権を持ち取捨選択をしているという興奮や、新しく生まれ変われるような、膨大な可能性に包まれるような感覚を覚えている。

村上春樹の新刊でも同じようなことを書いていた。「それは正しくないことなのよ、どんなに傷がなかったかのように振舞っても、その下では多くの血が流れているの」みたいなふうに。

そうなのだ。そのようなやり方ではやり直せないのだ。自分が傷つけられたからと言ってアカウントを消しても、傷つけられた事実は変わらない。むしろ一層深く心に刻まれる。すべてを許せとも言わないが「無かったことに」するのはできない。なぜなら大抵の場合、傷つけられた相手を許せてしまうような思い出やエピソードがあるからだ。その人をきっかけに好きになったもの、楽しかった思い出などそれらを思い出す度に「無かったことに」しなければならない。過去に生きた自分を殺さなければならないのだ。それほど辛いものはない。

私自身そういう行為をして、されてきた今、私の人付き合いのしかたが明らかに変わったのは確かだ。出来ればそれがいい方向に変わったと思いたい。