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ノベツマクナシ

低所得者層にいます

アニメおける演技とはなんだ

「カラフル」という映画をみた。

アニメ映画でストーリーはNHKでも放送されそうなくらい清く正しくな話だ。少々そこもっとうまく纏めてくれ!と思うところもあったが、ひさしぶりに声優じゃない人が声をアテているアニメ映画で「やるじゃん」と感じたのだ。クラスでも地味なメガネブス女という挑戦しがいのあるヒロイン役の宮崎あおいと地味だが別け隔てなく接するタレ目男役の入江甚儀、主人公の兄ミツル役の中尾明慶が特に良かった。

声優と役者 リアルな演技をするのはどっちだ? そもそもリアルな演技ってなんだ

宮崎あおい」はナチュラル志向のオリンパス女という印象しかなかったがなかなか説得力のあるセリフ読みをする。うまく喋れず鬱陶しく感じるが不器用さと傷つきやすさ、ダレかを求めているが自分に精一杯で余裕のない感じがよく出ている。大元の口調が個性化しすぎているきらいがある一方、本業声優独特の全ての言葉を明確に喋るクセがなく、不安定な声量のリアルさが良い。

中尾明慶」は思春期の兄っぽさという点では100点に近い。セリフ数が少ない役だが思い出しやすい声だった。おしむらくは最後まできちんと読み上げすぎなところか。

入江甚儀」彼はよかったなぁ。声質の良さとキャラがぴったりだ。どんな演技をして欲しいかを掴んでいる達者っぷり。最後のセリフをあそこまでクサく感じさせないのは驚いた。最後の彼のセリフだけでもこの映画は成り立つんじゃないかとさえ思う。

この三人はこのアニメ映画でちゃんと役者として演技をしている。

オリジナルアニメにおいて俳優を使うというのは声優独特のアクセントや滑舌の良さを避け、より本来の映画に近いナマの演技を求めているからだろう。上にあげた三人が良いと思ったのは、ナマの演技を求められているとわかっている上で「きちんと役作り・声作りをしている」と感じたからだ。実際に上手く行っていると思う。

しかしだ、アニメ映画で役者を使う唯一の欠点がある。それは「アニメ本来の特徴化された息遣いや語尾、声にならない嗚咽や泣きの演技がメッチャクチャになること」だ。セリフ読みに実写ドラマ並の説得力が生まれるも、キャラが動く時やとっさの悲鳴でいきなりしょっぱいアニメに戻るのだ。この落差は見ていてかなり白ける。いくつかの山場での宮崎あおいが特にそうだ。声優を本業にしているベテランはやはりこういう所でもって演技に拍車をかけることができる。まどかマギカでの斎藤千和の咆哮のように。

私自身、役者を使うことにはあまり抵抗を覚えない。オリジナルアニメにおいては有名声優よりも俳優を使ったほうがうまくいくこともある。だがアニメで声優を使わないなら、細かい演技のアニメ声優っぽさを極力さけるようにしろよと言いたい。

話として先読みできたり、後処理なしの進行は気になったがひさしぶりに「身の入った演技」を見たなぁと満足したのでよし。

しかし長時間我慢しても最後の早乙女のセリフは良いよ。あれは良い。