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ノベツマクナシ

低所得者層にいます

そこまでして生かしておく体かよ

現状について

私は私自身が他人に対しなかなか心を許さないくせに、簡単にウソに騙される。取り繕った様子や皮肉にも一切気づかない。あれはそういう意味だったのかと後に納得したことすらないので、本当に気づいていないのだろう。

心を許さないという表現はわかりやすく言うと、私以外の人が自然体と社会性を50:50もしくは40:60で分配しているところを、私は10:90もしくは0:100にふっているからだ。だからある程度当たり障りなく会話ができていると思っていた。しかし今になって、それすら実はできてなかったのではないかとも思う。いつだって自分の行いが一番見えにくいところにあるものだ。

社会に出る際自分の上に何かしらのカバーをかけている人がいる。何かしらの秘め事ややましさを感じている人、上手にやらなければいけないと不安がっている人だ。

自分と似たような境遇の人に話をきくと、たいてい同じようなことを言われている。

「あなたは真面目すぎるのよ」

コレほどまで言われたくない言葉は無い。話し相手が躍起になってアドバイスや助言をひねり出すも全て思ったとおりの反応が得られなかった時に出す言葉だ。言い換えると「面倒臭いなぁ」だ。どうして人は実行不可能な助言をしたがるのだろうか。助言は言う側より従う側のほうがハードなのに。

しかし、そもそもが間違っているのだ。相談や話し相手のプロに任せるべきなのだ。パン職人にどうしてシステムエンジニアの仕事を任せられるか。それくらい的外れだ。

それでも誰かに言いたくなる。知って欲しくなる。だから傷つく。

なぜ私は分かり合える人や日を目にする時が来るという望みを捨て切れないのだろう。いつ来るかわからない日の為にそこまでして生かしておく体かよ、とぼんやり思う。