ノベツマクナシ

低所得者層にいます

日記21

今日は雷と雨の繰り返しで奇妙な天気だった。天気に普通さを求めるのもおかしな話だ。今日はホットケーキにいちごジャムを挟んだものをおやつにたべた。クリームでもあればもっとおいしくなるだろう。

英語の復習は簡単なところへ突入、特に問題もなく終わらせた。

毎日をどうやってしのいでいくか、多くの場合ネットサーフィンで美しい写真や服の画像をさがしたり、最先端の技術で作られたガジェットの情報を漁る。だがそれよりももっと楽しいのは読書だ。楽しいという表現は正しいのかわからない。ただ無駄に何かをすり減らすよりは読書をして人に読まれるにたる文章がいかなるものかを知り、物語に身をひたすほうがいくらかマシというくらいだ。

Aは最近あるゲームにハマっているようで、ある一定の行動や条件を満たすと生まれる実績目当てに色々な作業をしている。その実績がどれほど溜まったかでそのゲームにどれだけ時間を使ったか、遊び尽くしたかを測ることができるのだ。わたしにとっては一時であろうと楽しめば十分なのだが、長時間を割き一見無駄に見える作業に固執する姿はとても愛らしい。私は声無き支持者としてひたすらその作業を眺め、節目節目に話題を放り込む。時々作業を中断しお互いが好きなアイドルやら番組の動画を見る。

一年に何度かなんの作業もせずにただ昔話を聞くことがある。

輝かしい中学生時代、あまりよろしくない高校時代、就職、退社、恋人、家族。Aにとって昔話は酒と一緒だ。薬にもなるし気持ち良くもなるが、次の日には酔いのせいで死にたくなる。Aは何度も私に語りかけている録画を聴いていると言う。何を楽しむのかと尋ねたら、自分との気持ちのシンクロを求めているのだと答えた。音楽を聞くように気持ちを高揚させたり哀愁に浸るのだそうだ。Aは聞き役として私を求め、私は繋がりとしてAを求めている。たまに突かれても痛くない程度の弱点を晒し、お互いつつきあいながら自尊心を満たす。これほどまで純度の高い麻薬はほかにないだろう。私はまだまだAに依存している。Aもまた同じだ。