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ノベツマクナシ

低所得者層にいます

現状について:カミングアウトはゴールではない

     カミングアウトに意味はある。少なくとも私が家にいる間、ゲイである事を意図的に無視し気を張る必要はなくなった。友人知人にはまだ伝えていない。

 

そしてそれ以上に喪失感と虚無感を抱えることになった。カミングアウトをするきっかけとなったのは、私が学校を辞めると言い出したからである。よってすべてを自発的に告白したわけではない。自ら家族や友達にカミングアウトをするのと不本意なカミングアウトには大きな溝がある。

 

ことが明らかになると、母は泣き出し「こうなったのも私のせいだ」と言った。

「家族なんだから・悪いことじゃない・運命だった・何かの縁だ・普通に産んであげられなくて申し訳ない・社会は変わりつつある・知り合いにもいる・私はお前を苦しめるために産んだのか」

どれも私が聴きたい言葉ではなかった。慰めの言葉が出るにつれ、自分がいかに異常な存在で、認められないモノなのかが身にしみてわかるのだ。母の口からでる言葉はすべて母自身を納得させるためにしか聞こえなかった。

それもそうだろう。自分の息子が同性愛者だと知って素直に納得できるはずがない。普通の人は性同一性障害とゲイの微妙な違いなど気にする必要がないのだから。性同一性障害は心と体の性が不一致であり異性になろうとする者、ゲイは心と体の性が一致しているが同性を性的対象とする者だ。

 

カミングアウトをして何が変わったのか

これについて考えると不思議な気持ちになる。私自身は特に変わっていないからだ。家族の中ではとりわけオモシロイ話をする愉快な人格が消え去り、黙々とご飯を食べ、必要最低限の返事と反応を返す人になった。だがそれは隠していた人格が表に出てきただけで変わったとは思わない。私は振舞うのを辞めただけだで、私のみが知っていた本質な部分は変わらない。

しかしかつての自分がなくなってしまった。くだらない会話をする自分、上手くバレないよう振舞えているという意地や目標がなくなり、大げさだが生きる意味をなくしたのだ。それまで「ちゃんとバレずにやっている」という状態に多くの力を割いてきたせいで、本来力を注ぐべきモノは何だったのかわからなくなっている。例えばウソをつかずに人と接していく。こんなに当たり前なことも今は難しい。

もちろん人前で「自分」を演じているのは私だけじゃない。だが自分のために生きず、自分が作り上げた理想の人格を自分だと思い込んで過ごしてきた為、何処かがちぐはぐなまま自分がどう生きればいいのかもわかっていない。これからは自分の、隠す必要が無くなった自分のために時間を使うことになるのだろう。

 

結果的に告白してしまったが、今でも家族にカミングアウトはするべきではなかったと思っている。衝撃が上回るからだ。

テレビの中の世界だった同性愛者の存在がいきなり現実になるのだからしょうがない。その場では家族としての絆を再確認したなどと綺麗に納めようとするが、問題が出てくるのはその後なのだ。20数年見てきた息子が親にずっとウソをついていた、ウソを見抜けなかった、開放することが出来なかった。この事実はじわじわと大きくなっていく。

母は顕著だった。玄関先に塩をおき、お払いに行くために私の髪の毛と写真をどこかへ持っていった。何度も私の部屋に来て話をした。しかし最終的に落ち着くのは息子が同性愛者であるという事より、怠惰な生活を送ってきた私を責める事だった。叱責することでかつての母と子の関係を維持できていると確認したいのだろう。もちろんその内容は正しい。同性愛者でもきちんとなすべきことをしている人は沢山いる。

だが、そうはなれなかった私は留年というお金のかかる迷惑をかけている時点で親にとって「かわいそうなことをしたね」だけじゃ済まされない。母にとって、息子はゲイである前に怠けているヒト。だからゲイであることは一旦置いて、そのことを叱ろう。そうなったんだろう。

ゲイであることに疲れた。私が本当に救って欲しかったのはその部分だった。この部分を一緒に解決するにはどうすればいいかまで気を配ることが出来るのはやっぱりカウンセラーや医者など第三者ではないと不可能なんだろうか。

父は何も言わない、私にとってそれは優しさに感じた。姉二人は自分が抱える問題で手一杯なようだ。そして誰もが何をすればよいのかわからず、告白する前の状態に戻ろうとしている。私がほとんど喋らないのが家族間に流れる空気の悪さの原因だろう。

 

だが何を喋ればいいのだろう?息子に何を期待しているのだろう?

あの男はイイとか、彼氏がいた事をべらべら喋る必要があるのだろうか。ゲイという存在をもっと俗っぽく親しみ深いモノに変えるべく振る舞うべきなのだろうか。昔の息子はもう居ない。もう一生彼らの前で演じようとも思わない。少なくとも私は今の状況を気に入っている。意識を私に向けてこない生活が好きだ。会話を沢山しなければいけない空気が一切ないこの状況が好きだ。

私は今も怒っている。「ちゃんとしたゲイ」になれなかった自分に怒っている。