ノベツマクナシ

低所得者層にいます

日記127 13の理由を読んだ

13の理由を読んだ

この作品は自殺した女生徒による告発テープが主人公に届くところから始まる。主人公はそれを聴き彼女がなぜ自殺をすることになったのかを知る。作中で流れる時間はたったの一夜だが、テープの再生パートを主軸に、かつて彼女が存在した痕跡を辿る旅が効果的に挟み込まれていて非常に濃く立体感のある構成になっている。

大人も友達も誰かを助けるポーズは取れても心を救うことは出来ない。自殺について話し合う場ですら、助けを求める人間が自殺について考えていると名乗り上げなければ助けることもできないと結論づけてしまう。とにかく救いがない。というより自殺という結果が確定した時点で救いなどないのだけれど。家庭環境を意図的に省いている、あまりにも共有された秘密がグループの中で閉じられていることなどツッコミどころはあるが、間違いなく面白い本だった。

読み終わって少し経ったのでこの本についてまた考えてみる。
自分がアバズレであるという噂に押しつぶされて死んだ女生徒は、その噂のきっかけを作った人、友達になれなかった人、友達になりたかった人、助けてくれなかった人を告発する形でテープに残している。読み進めていけば行くほど死ぬ直前に作られたもののリアルさが増していく。それは諦めという感情によるもので、私は(怒りも悲しみも喜びも)その感情をもってすれば全て終わらせることができるのを知っている。それで死んでいった人達を知っている。諦めは解放になり、彼女の最後の言葉に繋がっていく。間違いなくバッドエンドなのに、どうしてか悲しみが残らない。きっと登場人物たち(読者である私も)は悲しみを通り過ぎてしまったからだ。生きるということはそういうことなんだろう。常に世界に残されていくというか、時間に追いつこうと繰り返すサマというか。

ゴールデンウィークだしたくさん本を読もう。
そういえばこの本はアメリカのヤングアダルト小説だったんだけど、アメリカのヤングアダルト小説って死についての本多くないか。トリイ・ヘイデンもそういうの書いてたはず。

日記126 金剛寺さんは面倒臭いを読んで

出来るなら(そして私を信じてくれるのなら)何も見ずに下のリンクから漫画へ跳んで欲しい。合わなかったらそのままYou Tubeでも開いて好きな動画を見て忘れて欲しい。

エクストリームマンガ学園014-1 とよ田みのる 金剛寺さんは面倒臭い ~天の巻~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いや~~読んで良かった。読んで良かったと思える漫画なんですよ。ほんと、良い。

私は皆誰しもが金剛寺さんなんだと思うんですよ。その人なりのパーフェクトなやり方で自分を制御して、ちゃんとしようと生きていく。そして同時にパーフェクトで孤独な居心地の良い世界をぶち壊しても良いと思える存在を求めているわけですよ。ぶち壊し壊されて初めて「あぁ生きている、これが生きているということだ」と実感するわけです。(久しくそんな気持ちを味わってないなあ)

3つの話、それぞれエピソードが挟まる他にも少しずつ奇妙な部分があるんですよね。金剛寺さんと”毎回”ご飯を食べる友達の居ない女の子とか。
「あんたと一緒で、友だちがいないの」という台詞の矛盾が面白い。友達でもないのにご飯を一緒に食べる?それも毎回?なぜそれを友達と呼ばない(呼べない?)のか。毎度正論で論破されても、それでも一緒にご飯を食べようとするあたり、樺山と同じ何かを感じるんですよね。正論のもと誰に対しても公平な人と付き合おうと思うのは、教室に居場所がない人なんだろうか。でも金剛寺と対等に付き合おうと思う時点でやっぱりどこか不思議だ。

なんとなく観(○○観の観ね、人生観とか)を掴める瞬間がある。見たり聞いたりしているうちに「あー、そういう考え方もあるんだ」と分かる瞬間。今回のそれは、関係のない話という概念だった。いつか自分が駄目になりそうな時、この考え方を思い出せたら良いなぁ。

読んで良かったなぁ~。この漫画は本当に読んで良かった。

日記125 うっかり自分を見つめ直してしまった日記

今日の日記

傘を持ち歩くのが嫌いなので畳んだあとはリュックサックの紐に引っ掛けている。引っ掛けたところまでは覚えているんだけど、どこかへ行ってしまった。
これを機に折りたたみ式にしようか迷う。濡れた傘も折りたたんでしまうのもうんざりするけど、使わない傘を片手に歩くよりはマシ。あれは最悪。虚しさの具現化。

3月は生まれ月だからぼんやり先のことを考えたりもする。あーーーほんともーねー。戦うのが怖いのよ。ほんと。自分に価値があるとは思えないんすわ。自分が持ってない価値をみんな持っているとも思わないんですけども。なんなんでしょうね。自己肯定できない。どうでも良いーで流している(ツイッターで知ったけどセルフネグレクトって言うのね)自己肯定をするときは逆ギレしてる時くらいだと思う。戦わなきゃいけないんですけども。でもねーアタシに何があるってのよ。何と自分を比べるなとか、自分が与えたものとか本には書いてるけど、そーれを信じられないんですよーおーー!
今気づいたけどわたしってすごくネガティブというか投げやりなんですね。やんなるな。

例えTOEICで満点取っても変わらないけど、なんとかうまい方向に自分を持っていきたい。でもそれを持続させる方法がわからない。持続?定期的に同じ行動をすれば継続にはなるんだから、そうすればいいじゃないか。なるほどねー。じゃあちょっと色んな所に雇えオラとアポイントでも取ってみようかしら。私が怖いのは、無能であることを再認識すること。わたしホウレンソウが下手なんです。いつも助けられて生きてます(適当なフォロー)

というか英語のアウトプットをしたいんだけど誰か相手になってくれませんかね?話すのも書くのもやりたい。
いやほんとアウトプットは相手が居ないと無理です。出会い厨みたいなことしたくないけど勉強したいのよ。ほんと。頼むよー。頑張って英語しゃべるから。お願ーい!

 

騎士団長殺し 2部を読み終わったのでなんか書く

騎士団長殺しを読了

ネタバレになるかもしれないから読んでる人はブラウザバックしてください。

例によってここに何かかく。

アイフォンにメモしたっきり放置してた文章をココにかきます。

・ユーモアを理解できることに幸福を見出すオタクは、一周回る・あえてのという言い訳さえ与えれば見下していたコンテンツでも大喜びで飛びつく(そうそれが私)
・完全に想像で書いた合唱部の話「みんなアルト」
ハロプロの曲中で外国人が英語かなにかを話してる曲で言ってるセリフ書き起こし
・バイオレンスすぎて引いた夢(木槌で相手をぶん殴るとか)

なんだこれ。

 

 

 

 

 

 

 

マッドマックスの映画を「行って帰ってくる話」と言ったのは誰だったか忘れてしまったけれど、村上春樹の作品もそういう話が多い。

世界に散らばる神話に共通する「キャラクターが何らかの意志を持ち行動し、この世の向こう側へ行き、なんとかして帰ってくるという話」だ。逆に言うと、個人としての人間性が削ぎ落とされた話は大体そういう話になるのだろう。帯の裏表紙側に書かれた「旋回する村上春樹の小説世界」という文が示すように、今作もまぁ村上春樹の長編としては同じような話だった。

それでも気になる部分はある。村上春樹の登場人物(特に主人公は)どうして不倫するのだろう。きっとそこに「誰かの信用を損ねる不安」や「裏切り」の感覚は無い。主人公の妻が不倫をして怒りを覚えることがあっても、間を開けてから自分が怒りを覚えていたことを再認識した_くらい不倫という枠組み?概念に感情が込められていない。誰もが復讐心で不倫をしない。ただイケメンに弱いからとか、ねじまき鳥クロニクルでは理由さえ明かされなかった。ただそういうチャンスがあったので、求められたのでセックスしましたみたいな感覚で不倫をする。私が引っかかるのは性描写と性行為でしか描けない何かがあるということ。強い快楽はパーソナリティとは無関係なものだから?いつでも身に晒すことができる圧倒的な力だから?わからん。

セックスに愛が無いことがおかしいと思うけど、愛が無いからセックスをしてはいけないというのも同じくらいおかしいと、村上春樹は思っているんだろうか?ただ「ペース的にそろそろセックスさせとくか」みたいな感じだったら面白い。

恋愛感覚について描いた作品は国境の南、太陽の西ノルウェイの森だったか、それを読んでみようと思う。国境の南~~は一度読んだきりだからちょっと気になる。

免色さんは絶対に悪役だと思ったのに、悪を内包して自覚しながら自制している人間というオチに、悪を内包して自覚しながらなんとか自制してるダメ人間の私は最悪じゃねえかと思いました。

騎士団長殺し 1部読んだのでダラダラ(あとモーニング娘。’17ジェラシージェラシーのフクちゃんについて)

久しぶりの長編小説で、二部編成という構成に発売前からワクワクしていたので発売日は有給を取り、また普段使わない最寄りの本屋で買うという準備万端っぷりでしたが、読み始めたのは日曜日からでした(ダラダラしてました)。

マクドナルドでシェイクをすすりながら1部を読み終えたので思ったことを書きます。

以下本編に触れるので読むつもりの人はブラウザを閉じて買いに行ってください。

 

一応何か書いとこう。

モーニング娘。’17新曲「ジェラシージェラシー」のPVが公開されましたね。
ご覧になられましたか?譜久村ちゃんの本領発揮と言いますか、やっとブチかましてきたな!とワタシ大喜びです。彼女は長らく優等生的、バイプレーヤーな存在でしたが、リーダーという役職にも慣れてきた今そろそろ本気みせましょうかね!みたいな余裕と実力を遺憾なく見せてくれました。はぁ~~かっこいい~~!!ラップ中コケて笑ってる姿もかわいい~~!!!やばい~~~!!!
なんというかですね、フクちゃんの自分の限界を把握した歌い方(つねにセーブしてるとも言える)が好きなんですが、このオチサビのパートでは珍しく感情やボリュームを制御せず歌ってるんですよ。はぁ~~~尊い…。ありがたい…。ありがとうフクちゃん……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それでは騎士団長殺し第一部感想です。

思った以上にセックスしていて少しげんなり。1章に付き一回はしてるんじゃないか?この章はセックスしないで終わるな!と思ったらその次の章で2回射精したとか出て来るから「ダブ射(2回射精すること)は勘弁しちくり~~!!!!」といささか憤りました。途中からセックスシーンだとわかると騎士団長が観察するみたいに読み流すようになりました。別に嫌いではないんだけど、それが物語の中核だとも思えないし適当にもなるよね。

あと設定がおそらく2000年代?でインターネットはもちろんSNSの存在を確認した時「うわマジかよ」、セリフに”ママ友”が出てきた時「マジかよ!!!!」と脳内で叫びました。久しぶりというか、村上春樹にしては珍しく現代を舞台にしていること自体にまず驚き。ただやはり主人公はそれを享受しない。村上春樹にとって物語を進める上で文明の利器はまるで意味を持たないんでしょう。それにしてもママ友は驚いたなぁ。

個人的に興味深いなと思ったのが今回の主人公は逃げるところ。
”妻がいる場所には居られない”と判断し、土地から土地へ逃げ回り、友人の(父の持ち物である)空き家に身を寄せます。彼は言うなれば村上春樹の作品によくある”突然失踪した人”的なポジションにいます。スプートニクの恋人で言うスミレやねじまき鳥クロニクルでいう妻のように誰かの人生からフッと消えてしまう人。今回の長編はその人が主人公なんでしょうか?象徴的なのは完璧超人の免色による「あなたは(穴の中の)私を置き去りにしようと思わなかったのか?」という問いかけで、主人公はそれに対し「1%も思わなかった」と返すところ。回想を挟んだり、依頼や友人との会話を通してこの主人公がどういう人間なのかを明かしてはいくものの、どこか人間味が無いんですよね。今のところは、で終わるのか、そうじゃないのか2部で確かめようと思います。

二部を読み終わったらまた何か書こうかな。