ノベツマクナシ

低所得者層にいます

日記125 うっかり自分を見つめ直してしまった日記

今日の日記

傘を持ち歩くのが嫌いなので畳んだあとはリュックサックの紐に引っ掛けている。引っ掛けたところまでは覚えているんだけど、どこかへ行ってしまった。
これを機に折りたたみ式にしようか迷う。濡れた傘も折りたたんでしまうのもうんざりするけど、使わない傘を片手に歩くよりはマシ。あれは最悪。虚しさの具現化。

3月は生まれ月だからぼんやり先のことを考えたりもする。あーーーほんともーねー。戦うのが怖いのよ。ほんと。自分に価値があるとは思えないんすわ。自分が持ってない価値をみんな持っているとも思わないんですけども。なんなんでしょうね。自己肯定できない。どうでも良いーで流している(ツイッターで知ったけどセルフネグレクトって言うのね)自己肯定をするときは逆ギレしてる時くらいだと思う。戦わなきゃいけないんですけども。でもねーアタシに何があるってのよ。何と自分を比べるなとか、自分が与えたものとか本には書いてるけど、そーれを信じられないんですよーおーー!
今気づいたけどわたしってすごくネガティブというか投げやりなんですね。やんなるな。

例えTOEICで満点取っても変わらないけど、なんとかうまい方向に自分を持っていきたい。でもそれを持続させる方法がわからない。持続?定期的に同じ行動をすれば継続にはなるんだから、そうすればいいじゃないか。なるほどねー。じゃあちょっと色んな所に雇えオラとアポイントでも取ってみようかしら。私が怖いのは、無能であることを再認識すること。わたしホウレンソウが下手なんです。いつも助けられて生きてます(適当なフォロー)

というか英語のアウトプットをしたいんだけど誰か相手になってくれませんかね?話すのも書くのもやりたい。
いやほんとアウトプットは相手が居ないと無理です。出会い厨みたいなことしたくないけど勉強したいのよ。ほんと。頼むよー。頑張って英語しゃべるから。お願ーい!

 

騎士団長殺し 2部を読み終わったのでなんか書く

騎士団長殺しを読了

ネタバレになるかもしれないから読んでる人はブラウザバックしてください。

例によってここに何かかく。

アイフォンにメモしたっきり放置してた文章をココにかきます。

・ユーモアを理解できることに幸福を見出すオタクは、一周回る・あえてのという言い訳さえ与えれば見下していたコンテンツでも大喜びで飛びつく(そうそれが私)
・完全に想像で書いた合唱部の話「みんなアルト」
ハロプロの曲中で外国人が英語かなにかを話してる曲で言ってるセリフ書き起こし
・バイオレンスすぎて引いた夢(木槌で相手をぶん殴るとか)

なんだこれ。

 

 

 

 

 

 

 

マッドマックスの映画を「行って帰ってくる話」と言ったのは誰だったか忘れてしまったけれど、村上春樹の作品もそういう話が多い。

世界に散らばる神話に共通する「キャラクターが何らかの意志を持ち行動し、この世の向こう側へ行き、なんとかして帰ってくるという話」だ。逆に言うと、個人としての人間性が削ぎ落とされた話は大体そういう話になるのだろう。帯の裏表紙側に書かれた「旋回する村上春樹の小説世界」という文が示すように、今作もまぁ村上春樹の長編としては同じような話だった。

それでも気になる部分はある。村上春樹の登場人物(特に主人公は)どうして不倫するのだろう。きっとそこに「誰かの信用を損ねる不安」や「裏切り」の感覚は無い。主人公の妻が不倫をして怒りを覚えることがあっても、間を開けてから自分が怒りを覚えていたことを再認識した_くらい不倫という枠組み?概念に感情が込められていない。誰もが復讐心で不倫をしない。ただイケメンに弱いからとか、ねじまき鳥クロニクルでは理由さえ明かされなかった。ただそういうチャンスがあったので、求められたのでセックスしましたみたいな感覚で不倫をする。私が引っかかるのは性描写と性行為でしか描けない何かがあるということ。強い快楽はパーソナリティとは無関係なものだから?いつでも身に晒すことができる圧倒的な力だから?わからん。

セックスに愛が無いことがおかしいと思うけど、愛が無いからセックスをしてはいけないというのも同じくらいおかしいと、村上春樹は思っているんだろうか?ただ「ペース的にそろそろセックスさせとくか」みたいな感じだったら面白い。

恋愛感覚について描いた作品は国境の南、太陽の西ノルウェイの森だったか、それを読んでみようと思う。国境の南~~は一度読んだきりだからちょっと気になる。

免色さんは絶対に悪役だと思ったのに、悪を内包して自覚しながら自制している人間というオチに、悪を内包して自覚しながらなんとか自制してるダメ人間の私は最悪じゃねえかと思いました。

騎士団長殺し 1部読んだのでダラダラ(あとモーニング娘。’17ジェラシージェラシーのフクちゃんについて)

久しぶりの長編小説で、二部編成という構成に発売前からワクワクしていたので発売日は有給を取り、また普段使わない最寄りの本屋で買うという準備万端っぷりでしたが、読み始めたのは日曜日からでした(ダラダラしてました)。

マクドナルドでシェイクをすすりながら1部を読み終えたので思ったことを書きます。

以下本編に触れるので読むつもりの人はブラウザを閉じて買いに行ってください。

 

一応何か書いとこう。

モーニング娘。’17新曲「ジェラシージェラシー」のPVが公開されましたね。
ご覧になられましたか?譜久村ちゃんの本領発揮と言いますか、やっとブチかましてきたな!とワタシ大喜びです。彼女は長らく優等生的、バイプレーヤーな存在でしたが、リーダーという役職にも慣れてきた今そろそろ本気みせましょうかね!みたいな余裕と実力を遺憾なく見せてくれました。はぁ~~かっこいい~~!!ラップ中コケて笑ってる姿もかわいい~~!!!やばい~~~!!!
なんというかですね、フクちゃんの自分の限界を把握した歌い方(つねにセーブしてるとも言える)が好きなんですが、このオチサビのパートでは珍しく感情やボリュームを制御せず歌ってるんですよ。はぁ~~~尊い…。ありがたい…。ありがとうフクちゃん……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それでは騎士団長殺し第一部感想です。

思った以上にセックスしていて少しげんなり。1章に付き一回はしてるんじゃないか?この章はセックスしないで終わるな!と思ったらその次の章で2回射精したとか出て来るから「ダブ射(2回射精すること)は勘弁しちくり~~!!!!」といささか憤りました。途中からセックスシーンだとわかると騎士団長が観察するみたいに読み流すようになりました。別に嫌いではないんだけど、それが物語の中核だとも思えないし適当にもなるよね。

あと設定がおそらく2000年代?でインターネットはもちろんSNSの存在を確認した時「うわマジかよ」、セリフに”ママ友”が出てきた時「マジかよ!!!!」と脳内で叫びました。久しぶりというか、村上春樹にしては珍しく現代を舞台にしていること自体にまず驚き。ただやはり主人公はそれを享受しない。村上春樹にとって物語を進める上で文明の利器はまるで意味を持たないんでしょう。それにしてもママ友は驚いたなぁ。

個人的に興味深いなと思ったのが今回の主人公は逃げるところ。
”妻がいる場所には居られない”と判断し、土地から土地へ逃げ回り、友人の(父の持ち物である)空き家に身を寄せます。彼は言うなれば村上春樹の作品によくある”突然失踪した人”的なポジションにいます。スプートニクの恋人で言うスミレやねじまき鳥クロニクルでいう妻のように誰かの人生からフッと消えてしまう人。今回の長編はその人が主人公なんでしょうか?象徴的なのは完璧超人の免色による「あなたは(穴の中の)私を置き去りにしようと思わなかったのか?」という問いかけで、主人公はそれに対し「1%も思わなかった」と返すところ。回想を挟んだり、依頼や友人との会話を通してこの主人公がどういう人間なのかを明かしてはいくものの、どこか人間味が無いんですよね。今のところは、で終わるのか、そうじゃないのか2部で確かめようと思います。

二部を読み終わったらまた何か書こうかな。

日記124 ちゃんと日記を書くぞという日記

久しぶりに日記を書く。
いやー、一ヶ月も書かないとはね!まぁ忙しかったんですよ。
お遍路巡ったり北海道でカニ食べたり映画のエキストラとして撮影に参加したり。
全部ウソです。

本を読んでます。

「大統領たちの通信簿」という本を読んでいる。
アメリカ合衆国歴代大統領を面白おかしく紹介する本で、語り口がアメリカらしい軽快なユーモアあふれるもので大変読みやすい。火かき棒で部下をぶん殴りまくったとか、誰ソレの妻に手を出したとか結構ろくでもないエピソードが出て来る。この本はいい暇つぶしになります。おすすめ。

「プリズンブッククラブ」という本を読んだ。
カナダの刑務所で読書会をやることになった女性の話。残念だがあまり自分の好みに合わなかった。章ごとに1~2冊のペースで進むが私には多すぎた。刑務所の実情や服役者のアレコレは面白かった。読書会という文化自体が私にとってハードルであることにも気付いた。一人で読むことは読者の面白さの半分であり、本について人と語り合うことは面白さのもう半分という考え方は納得だけど、会話も議論もド下手糞なので苦手意識が取れない。

メアリー・スーを殺して」という本を読んだ。
乙一と彼の別名義による短編集。山白朝子の一遍「トランシーバー」が良かった。傷ついた者が同じく傷ついた者に手を差し伸べる人としての強さに涙が出る。表題のメアリー・スーを殺してという作品は構成自体がもう面白かった。というかソレが目的なんだろうけども。

書いてみない?と誘われたこと
知り合いが「こんど文芸誌出すからなんか書いてよ、書かなくてもいいけど」と絶妙な距離感を保ちながらも誘ってくれたので一念発起してみたものの、まー書けない。まず何を書きたいかも決められない。作家ってすげーと今更感じ入る。私が気構え過ぎなんだろう。忙しさのピークは過ぎたので何か書きます。

活力があまり無い
最近の楽しみは村上春樹の新刊とハロプロ、澤部渡の新曲が来ないかなーという期待くらいで、基本的に元気モリモリとは程遠いテンションで生き延びている。死なないでいるスイッチがオフになりそうな感覚に入り込んでしまう。大抵食事と睡眠でその存在を忘れてしまうのだけど。間隔が頻繁になってきた辺り結構まずい。おそらく直近の目標が無いのが原因。そうは言うものの村上春樹の新刊が来るまでじっとしていようと思う。
あとセントジョーンズワートサプリメント買おう。

そう、最近の私は時間を消費しているだけで時間を使ってはないのだ。もっとこう_英語で言うモティベーティブで居たい。ので、手始めに日記を書いた次第であります。

 

日記123/今年の私はそこそこの私 2016年振り返り記事

今年はどんな年だったか

大掃除も終わり、こざっぱりとした部屋でなんとなく時間を潰しています。読みかけの本を読むとか、やってみたいことに手を出そうかとこまねいてみたり、平和だなぁー。

なので今年を振り返ります。上半期は非常によく頑張りました。仕事を通して自分の欠点を把握したり、TOEICのスコアを目標まで伸ばすことができました。素晴らしい。
スカートのライブやイベントに行ったのも思い出になりましたね。先日iPhoneに残していた2ショット写真を現像してきました。写真の現像はとても大事。(めったに撮らなくなったからね…)下半期はあまりよろしくなかった。ダラダラと時間を潰していることが多く、友達とチャットばかりしていた気がする。それでも大いに楽しんだからOK。

記事も毎月一回は更新している。はてなブログは長く続けると「去年の/一昨年の記事こんなの書いてたよ」というメールを寄越してくるようになる。何気にこれが楽しみで続けているところもある。相変わらず私は下書きばかり溜めて更新しないことが多い。下書きの記事としてちょっと出してみようかな。

今年のお気に入りはスプートニクの恋人の考察の記事

nobetsu-makunashi.hatenablog.com

自分の好きなものを興味のある部分を自分なりに噛み砕いていけた瞬間がたまらないからブログ記事を書き続けてるんだなぁと思う。

あとは普通の日記としては9月更新のこれ

nobetsu-makunashi.hatenablog.com

これもツラツラ書いた割にいつもの日記で出がちな見栄も自虐もなく、その日見たことだけが残っている文章で個人的に好きな記事です。来年も同じようにスローペースながらも更新し続けますかね。

来年2月は村上春樹の新刊もでるし、なかなか楽しみがつまってます。

それでは良いお年を。
ノベツマクナシ'16